法政大学/学生運動/斎藤いくま公式ブログ
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10・19の法大デモに初めて参加しました。
法大生ではない私がこのデモに参加しようと思ったのには訳があります。
それは法大の学祭規制や不当処分、学生の不当逮捕を知るにつれ、法大生だけでなく、学生一般が、なにより私自身が侮辱され、侮蔑されていると感じたからです。
しかしもっと言えば若者全体が、社会の中でひどく不当に扱われている現状がここにあらわれているのではないでしょうか。進む非正規職化、教育の民営化、高い学費、アルバイト漬けの生活、ワーキングプア、関係性の崩壊、人と人との関係が手段としてしか成り立たない世界・・・
まさに法政大学のデモとは、普段は見えない、大学当局の隠された矛盾が表出する場ではないでしょうか。まさに3.11によって日本の矛盾が浮き彫りになったように。
逆に言えばそのような場や時間がなければ、安穏とした「憧れのキャンパスライフ」というのっぺりとした「現実」のなかですべてはただただ隠されたまま何事もなかったかのように先送りされるだけでしょう。
しかし、まさにその虐げられている若者自身が声を上げなければ、一体誰が声を上げるのでしょうか。いつものように親が、大人が、なんとかしてくれるのでしょうか。
残念ながら親は先に死にます。大人たちはその既得権域のために、若者に席を譲らず、椅子にどっかり腰を下ろしています。もう一度いいます。まさにその虐げられている若者自身が声を上げなければ、一体誰が声を上げるのでしょうか。そのような疑問をもちつつ、私は11・4に向かいます。
法大生ではない私がこのデモに参加しようと思ったのには訳があります。
それは法大の学祭規制や不当処分、学生の不当逮捕を知るにつれ、法大生だけでなく、学生一般が、なにより私自身が侮辱され、侮蔑されていると感じたからです。
しかしもっと言えば若者全体が、社会の中でひどく不当に扱われている現状がここにあらわれているのではないでしょうか。進む非正規職化、教育の民営化、高い学費、アルバイト漬けの生活、ワーキングプア、関係性の崩壊、人と人との関係が手段としてしか成り立たない世界・・・
まさに法政大学のデモとは、普段は見えない、大学当局の隠された矛盾が表出する場ではないでしょうか。まさに3.11によって日本の矛盾が浮き彫りになったように。
逆に言えばそのような場や時間がなければ、安穏とした「憧れのキャンパスライフ」というのっぺりとした「現実」のなかですべてはただただ隠されたまま何事もなかったかのように先送りされるだけでしょう。
しかし、まさにその虐げられている若者自身が声を上げなければ、一体誰が声を上げるのでしょうか。いつものように親が、大人が、なんとかしてくれるのでしょうか。
残念ながら親は先に死にます。大人たちはその既得権域のために、若者に席を譲らず、椅子にどっかり腰を下ろしています。もう一度いいます。まさにその虐げられている若者自身が声を上げなければ、一体誰が声を上げるのでしょうか。そのような疑問をもちつつ、私は11・4に向かいます。
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