法政大学/学生運動
すべてのみなさんに、心の底から訴えます! 11月1日、日比谷野外音楽堂で行われる全国労働者総決起集会に結集して、全国・全世界の仲間と団結しよう!

11・1への1万人結集で、この社会は変えられる!

 11・1労働者集会に1万人の仲間が集結する――このことの中にものすごい可能性がある。今、これほど社会がどうしようもない状況に叩きこまれているにもかかわらず、これほど私たちが怒っているにもかかわらず、これまで「革新勢力」あるいは「労働者の味方」というポーズをとってきたあらゆる勢力が「労働者や学生に社会を変える力はない」「オバマ大統領の登場で、民主党・鳩山政権のもとで社会はよくなる」などといって怒りをあきらめへと、あるいは権力者への陳情や請願へとゆがめようとしている。
 この現状を切り裂くにはただ一点、社会に渦巻く怒りの声をひとつにすることだ。全国・全世界の労働者に「ここに結集すれば勝てる!」という結集軸を示すことだ。11月1日、1万人でその突破口を切り開こう!

私たち青年・学生こそ時代の最先端へ!

 私たち青年・学生こそが最先頭にたって1万人結集を実現し、この閉塞した社会に風穴をあけよう! 小さい頃から徹底的にばらばらにされ、「団結」という考えすら奪われて、「自分のことだけ考えろ」「自己責任だ」と、とことんちっぽけな存在におとしめられてきたのが私たちの世代だ。でも本当にそうなのか? 自分や仲間の存在、果ては授業やサークルまで、つまりは大学4年間のすべても就職のためのものにされ、人生をまるごと資本に従属させられる現実を前に、私たちはどうすることもできないのか? 冗談じゃない! 私たちこそこの社会を担ってゆく、未来を体現する存在だ。未来は私たちがつくる! すべてを奪われてきた私たちこそが、すべてを奪い返そう! それが11・1労働者集会だ!
 敵にできるのは破壊することだけだ。新自由主義は金儲けのために社会を破壊し、人間関係を破壊する。でも私たちは、団結することができる! 団結すれば勝てる! この社会を変えることができる! 労働者・学生の団結こそが、この社会を変革し、歴史をつくる力だ。11月1日、1万人の仲間と団結して歴史を動かそう!

全世界の闘いはひとつだ!

 第一に、11・1労働者集会は、国際的な労働者の団結の場だ。日本のみならず韓国から、アメリカから、ブラジルから、ドイツからそれぞれの闘いをひっさげ、労働組合のメンバー、活動家が海を越えてやってくる。彼らは単なるゲストとして来るのではない。何といって結集してくるのか? 何のために結集してくるのか? 昨年の11・2労働者集会での民主労総ソウル地域本部長(当時)イジェヨンさんの発言にすべてがつまっている。
「全世界の労働者よ、団結せよ! 資本主義に対して闘おう!」
――こうした思いで闘う労働者が結集するのが11・1労働者集会だ。全世界を大恐慌が覆いつくすなか、労働者階級が全世界で同じスローガンのもとに闘いのうねりをまきおこしている。国境を越えた労働者の団結があれば絶対に戦争を止めることはできる。絶対にこの社会を変えることはできる。新たな時代はすでに幕を開けているのだ!

国鉄1047名解雇撤回こそ団結のスローガンだ!

 第二に、「国鉄1047名解雇撤回!」が11・1労働者集会のメインスローガンだ。1987年の国鉄分割・民営化攻撃と闘って解雇された1047名の鉄道労働者が「自分や仲間の首を切った相手に、絶対に頭を下げない」と23年間解雇撤回を貫き通してきた。この解雇撤回闘争は、この1047名のみならず、自らの闘いとしてこれを支えてきた100万人規模の日本労働者階級・人民全体の闘いだ。労働者は「仲間への攻撃を絶対に許さない!」「一人の首切りも許さない!」と、一人の、そしてすべての仲間のためにクビをかけて闘うことのできる存在だ。「国鉄1047名解雇撤回!」は、全国の労働者の団結を象徴するスローガンなのだ。現在の社会の現状をつくりだした国鉄分割・民営化に対する23年間の不屈の闘いこそ、団結した労働者の力と展望をはっきりと示している。わたしたち学生の未来もここにある。1万人の大結集で、1047名闘争に今こそ勝利しよう!

11・1への1万人結集で法大を解放しよう!

 第三に、法大生こそ11月1日、日比谷野音に結集しよう!
なにより、ガードマンや暴力職員、監視カメラで固められた大学のなかで「学生は団結できる!」「団結すれば勝てる!」ということを示し続けてきたのがほかでもない法大闘争だ。文化連盟の闘いと「一人の仲間も見捨てない!」という誇り高いスローガンをうみだしたものこそ、3万法大生のもつ力だ。学生も一人の、そしてすべての仲間のために処分覚悟で闘うことのできる存在だ。まさしくここに、私たち労働者・学生の手で社会を変える展望がみちあふれている!
 自主法政祭への規制をうちやぶる力も、法大生を先頭として学生が日比谷野音に大結集する中にこそある。この誇り高い学祭を自分たちの手で成功させ、後輩へひきつぎたい、この思いに真正面から応えるものこそ、11・1労働者集会だ。1万人の大結集で大学を学生の手にとりもどそう。法大生こそ、その最先頭にたとう!

11・1は私たち自身の集会だ!

 最後に、私たちがもっている怒りを、仲間とつながりたいという思いを、もっとも表現できる場が11・1労働者集会だ。この時代が私たち一人ひとりに、どう生きるかを問うている。この社会が私たちに仲間を守ることを、筋を通して人間らしく生きることを許さないならば、この社会そのものを根底から変革しよう。それを可能にするのが11・1労働者集会への1万人結集だ。本気で社会を変えたいと思う1万人が集まれば、できないことなど何もない! 日比谷野音を埋めつくす大集会で、新たな歴史を世界史に刻もう!

※社会科学研究会のビラを転載します
学祭初日は日比谷へ!

3万法大生は団結してたたかおう!


法大当局主催の学祭なのか!

 いよいよ自主法政祭が始まります。私たちは、今年度自主法政祭の一切の問題は、①法大当局の学生支配の不正義を訴え続けてきた文化連盟三役をはじめ10人の学生が、法大当局と国家権力の弾圧によって獄に閉じこめられていること、②社研と哲学研究会の企画が、「文化連盟所属」という理由で排除されていること、にあると訴えてきました。
 何よりも許せないのは、「学祭実行委員会が法大当局の主張を完全に丸呑みし、言いなりになっていること」です。企画排除を指示したのは法大当局です。それに何の批判もなく、唯々諾々と従ったのが学祭実です。それを恥じることもなく、「法大は増田総長のもの。大学祭の主催は理事会。学生は言うことを聞くしかない」と開き直っているのが学祭実です。これのいったいどこが「自主法政祭」なのか! 私たちは法大当局のコマになってもなお、「自主」という冠をつけさせられて喜ばなければならないほど惨めな存在なのか!こんな「自主」法政祭は絶対に認められない!

学生の自主と団結にこそ可能性が

 今こそ、自主法政祭の誇りと団結をみんなに訴えたい!  文化連盟は昨年の『決起要綱』でこう宣言しています。
 「自主文化創造とは何たるか、主体的活動とは何たるかを、大学の自治とは何たるかを問い直す時がきた。我々はサークルとは何か文化活動とは何か、そして大学とは何かを自らの頭で思考し定義を確立し、止揚しなければならない。
 …ここ数年の法政大学の姿はかつての国家総動員法統制下のそれを彷彿とさせるものがある。反体制を徹底的に弾圧し批判精神を根絶やしにし、その焼け野原に築かれた都は監視カメラが跋扈する監獄とは笑止千万である。学友達は警察力に震え上がり、感覚を麻痺し弾圧に加担する者まで出現している今日、誰かが大義に殉じる覚悟でもって決起しなければならない。そしてそれは我ら無冠の学徒の立ちたるところである。学友のため、後世のため、我々文化連盟は学徒の触覚たらんと敢然と決起する。恥を厭わぬ情けなき世代を駆逐し、悪しきニヒリズムと退廃から若き魂を救済すべく我ら堅く正義を信じ邁進するのみである。…愛校心を以て我ら全学決起の先兵とならん」。
 3万法大生にはこれを実現していく力があります。それを実践してきたのが、誇り高い自主法政祭の歴史ではなかったのか。それが踏みにじられるのではなく、企画排除、飲酒規制などあらゆる介入をはね返して私たち自身の意思と力で自主法政祭を成功させよう!

法大生は今こそ怒り、行動へ!

 法大生は、自主法政祭の成功をかけて、11・1労働者集会に駆けつけよう! 今こそ怒ろう! 「おかしいとは思っているが声をあげられない」、こんな現実は絶対に突破できます。キャンパスの主人公は学生であり、法大当局など学生を暴力支配して黙らせている限り存在できる小さな存在であり、私たちが団結して行動すれば何でも実現していく力があります。学祭実のように「長いものには巻かれろ」と誇りを売り渡すのではなく、現実を変えることは絶対に可能です。
 その展望が11月集会にあります! 全世界の労働者・学生が、法大生との団結を求めて集まります。今や法大の闘いは(同じく法大当局の不正義も)世界に轟いています。団結する仲間はクラスの中から地球の裏側にまで無限にいます。11月1日の1万人結集の主体となり、それを実感してほしい。ともに声をあげよう。文化連盟とともに闘おう! 11月1日の学祭初日は未来をかけて日比谷野音に集まろう!


増井真琴君(文3)の公判意見陳述から №3

「法大では何が問題となっているのか? 一言で言うと、それは教育の民営化であり、大学の新自由主義的再編です。日本における新自由主義の動向と法大の情勢は軌を一にしており、新自由主義とは何かを理解することなしに、いまの法大の現状を認識することはできない。…わずかここ10年ほどの間で、今まで大学でごく当たり前に行われてきた人間の表現行為のイロハ中のイロハ、ビラをまく、立て看板を出す、演説をする、というただそれだけの行為が逮捕投獄の理由になっている。これは他でもなく、新自由主義がもたらした教育の民営化の帰結です。なぜなら一私企業と化した大学においては、これらの政治的表現行為は自社の『営業権』に反する唾棄すべき所業だからです。これらの行為は公共の福祉に反するから犯罪なのではない。お金儲けにならないから犯罪なのです」
「…かつての法大がそうであったように、映画のことを考えていたり、文学のことを考えていたり、政治のことを考えていたり、演劇のことを考えていたり、音楽のことを考えていたり、革命のことを考えていたり、あるいは何も考えていなかったりする。そういう有象無象が、意味不明なビラをまき散らしたり、下品な立て看板をつくったり、ウダウダ一緒に酒を飲んだりする、そういうキャンパスの中にこそ新しい創造の息吹が躍動する可能性があるんだということでした。つまり一言で言えば『急がば回れ』ということです。文化創造には時間がかかる。…人類史においてある世代にできることは、その次の世代に対して胸をワクワクさせられるような文化を残すことだけです。いまの法政大学は僕たちの世代がその次の世代に向けて新しい文化を生み出す条件を奪っている。ただこの一点のみをもって、今の法政大学の行いは、大学(ユニバーシティ)の本義に反する犯罪的な所業だと思います」
「…本当に想像力が奪われている。僕たちは今一度想像を取り戻さなければなりません。『ここではない世界は可能だ!』ということを彼らに証明しなければならない。ぼくたちひとりひとりの団結した力が、ここではないもう一つの世界を必ず見せてくれる。団結していきましょう!」
※社会科学研究会のビラを転載します
社研・哲研の企画排除、飲酒規制…

学祭実は自主の売り渡しをやめろ!


逮捕・排除の上に「自主」はない

 法大生のみなさん、サークル員のみなさん! 私たちはあらためて訴えたい。112人の逮捕-33人の起訴で学生を萎縮させ、社会科学研究会と哲学研究会を企画から強制排除した恫喝の上で行われる「自主法政祭」は絶対にありえません。
 ①何よりも、社研と哲研の排除は絶対に許せない! 「排除」を学祭実に命令したのは法大当局です。そしてその理由はただ一点、「文化連盟に所属しているから」です。法大当局に批判的な学祭企画など断じて認めない、ということです。しかもその理由は、公には一切説明されていません。
 ②そしてそれは、逮捕と処分の暴力支配の上に行われています。学生の自由の剥奪と大学祭への規制をもっとも弾劾してきたのは、現在東京拘置所にいる齋藤郁真君(法3、文連委員長)、恩田亮君(文4、文連副委員長)、増井真琴君(文3、文連企画局)ら文化連盟三役です。
 企画排除、そして逮捕。こうやって自分たちにとって都合の悪いものを暴力的に取り除いた上で行われる大学祭が「自主」なのか! 法大当局と警察によって下準備された大学祭が「自主」なのか! 学生センター職員・森が「学生が自分の意思でやってんだから『自主』に決まってんだろ!」とトラメガを壊しに襲いかかってくる大学祭がはたして「自主」なのか! 私たち学生の誇りはめちゃくちゃに破壊されているではないですか。大学祭にかける私たちの思いは、徹底的に踏みにじられているじゃないですか。

 「仕方ない」「今年だけ」ではない 法大生の誇りを奪うな!

 この片棒を担いでいるのが、学祭実行委員会です。学祭実は社研と哲研の排除を承認した上で、「大学祭の決定権は大学当局(理事会)にある」と完全に開き直りました。大学当局の思うがままなんだったら、「自主」でも何でもない、大学の売名のための官製大学祭じゃないですか。「営業権」(金儲け)のためだったら裁判所にすがってビラまきも禁止するな法大当局のお手盛り大学祭から、いったいどんな文化や創造が生まれるのでしょうか。法大生を511教室に数百人集めた7月の全学説明会は、「学生の意思で決めた」というポーズをするだけのパフォーマンスだったのか。学祭実こそが、この学祭への規制に真っ先に抗議すべきではないのか!
 こうやって学生の自由は奪われ、団結も誇りもおとしめられようとしています。これは今年だけの話ではありません。「昨年認めたのだから今年はもっと…」と、来年からも規制はエスカレートすることは自明です。法大新聞ですら、「学祭実の最後の仕事は、自主法政祭から『自主』の冠を外すこと」と揶揄するほどです。したり顔に「当局が言ってるから仕方ないんだ」「今回だけ我慢すればこれ以上は悪くならない」などと言っている学祭実の連中こそ、自主法政祭破壊の最悪の先兵です! そんな言葉は、学生会館の解体(04年)、学友会解体(08年)と、いやというほど繰り返されてきた騙しの言葉、自分たちの裏切りを居直る言葉です。


今こそ団結して声をあげる時 11・1集会へ駆けつけよう!

 今この時から、法大生は大学祭を自分たちの手に取り戻すために声をあげよう! キャンパスの多数派であり主人公は学生です。学生が団結すれば、何でも変えられるということを法大当局と学祭実に見せつけてやろう。
 私たちは大学に至るまで、「何を言っても現実は変わらない」「おかしいと思っても我慢するしかない」と教え込まれてきました。しかし、団結して立ち上がった時にキャンパスの現実は変えられる! 世界は変えられる! ということを法大闘争と文連は示してきました。「無罪判決」もかちとり、新たな処分策動も粉砕しました。闘えば絶対に勝てます。
 やられっぱなしではなく反撃に出る時。今こそ世界を変える時。この腐りきった社会を変えよう!――それが11月1日の全国労働者集会です。世界中から、労働者・学生が法大生と団結しに集まります。文連が壇上からアピールします。法大生の団結、そして世界の仲間との団結こそ大学祭規制を粉砕し、誇りを取り戻していく力です。法大生は11・1労働者集会に集まろう! ここに展望と未来があります。

増井真琴君(文3)の公判意見陳述から №2

 大学はあまたの表現が交錯する空間でなければなりません。なぜなら大学とは真理を探求する場であると同時に、文化を創造する空間でもあるからです。
 今年3月17日、法大当局は「営業権」を掲げて市ヶ谷キャンパス半径200㍍以内でのビラまき、演説の禁止を求める「情宣活動禁止仮処分申請」を東京地裁に提出しました。
 この申立書の中で、法政大学は非常に愚かなことを言っている。曰く、オープンキャンパスというイベントは、「本学の持つバンカラ、古い校舎、学生運動という古いイメージを払拭する貴重な機会である」。いったい彼らは何を勘違いしているのでしょうか? 僕は逆に問いたい。「バンカラ、古い校舎、学生運動をのぞいて法政大学が社会に対して誇れるものなど何があるのだろうか」と。
 もちろん何もありません。それどころか法大は、法大学生運動が作り上げた法大学生会館、そして学生会館が生み出した法大学生文化を通じて莫大なる名誉を得ています。
 …創造力は与えられた授業をぼんやりとこなしていればひとりでに身につくようなものではありません。…創造力は異質な他者を排斥することの中には存在し得ないし、ビラ一枚ない、立て看板一つない、無機質でクリーンなキャンパスからは勃興し得ません。
 創造力とは何かを問うとき、ぼくたちは今一度考えてみる必要がある。なぜ偏差値的には一介の二流私立大学にすぎない法大が芥川賞受賞数において早大・東大・慶大に次いで4位なのかと。あるいはどうして偏差値的には一流大学である筑波大学では0人なのかと。
 答えは簡単です。かつての法大には現在の法大がなんとしても「払拭」したいとする「学生運動」があったからです。そして学生会館に象徴されるカオスでアナーキーな表現空間が存在したからです。
 逆に公権力の手で東京教育大学から茨城の僻地に強制移転させられた筑波大学には、それらの表現空間が存在しなかったからです。…(続く)
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「暴処法」弾圧裁判
5月31日(木) 13:30~
東京地裁にて
※判決!!
※傍聴券配布のため、40分前に集まって下さい。

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